鳴門市賀川豊彦記念館20周年　『死線を越えて』中巻・下巻の復刻改訂版刊行事業

初めまして、田辺健二と申します。

私は、2005（平成17）年鳴門教育大学を定年退職後、続いて鳴門市賀川豊彦記念館長に就任しました。現在は当記念館の名誉館長を務めています。賀川豊彦は、その故里徳島県の偉人というにとどまらず、世界的偉人として最も有名な日本人でした。

このような人物が、この徳島の出身だと分かれば、当然どんな人なのかを知りたくなります。その賀川豊彦の代表作が、『死線を越えて』の三部作です。

賀川豊彦の代表的小説『死線を越えて』は、1920（大正９）年に改造社から出版されるや、空前の大ベストセラーとなり、中巻『太陽を射るもの』、下巻『壁の声きく時』を合わせて400万部という驚異的な発行部数となりました。当時の労働者階級を中心に、大変な支持を得たのです。

ＮＰＯ法人賀川豊彦記念・鳴門友愛会では、2003（平成５）年４月に，上巻『死線を越えて』の「復刻改訂版」の初版を出版し、2008（平成20）年３月に第２版、2020（令和２）年２月に第３版を出版しています。しかし、鳴門市賀川豊彦記念館で上巻を販売していると、「中巻・下巻はないのですか」という質問をよく受け、そのたびに、続巻の発刊を急ぎたいと考えていました。

このたび、2022年3月21日に「鳴門市賀川豊彦記念館創立20周年」を迎えたのを記念し、中巻『太陽を射るもの』、下巻『壁の声きく時』の復刻改訂版刊行を計画し、底本を社会思想社の現代教養文庫版としました。というのも、社会思想社自体が現在存在せず、中巻・下巻については、現在、古書店で求めるか、『賀川豊彦全集』所収の作品として読むか、あるいはアジア・ユーラシア総合研究所が2017年に刊行した『賀川豊彦著作選集』の大部な本に収録されたもの（第１巻・第２巻）しか、手近に読める本がないのが実情です。

そこで、社会思想社版の文庫を読みやすい単行本サイズのＢ６判として復刻し、広く読者の求めに応じたいと考えました。

既述のように、20周年記念事業の一つとして、全国の、賀川豊彦の思想と実践に共鳴し、歴史的名著を手に取ってみたいという多くの方々のご要望にお応えできる待望の取り組みであると考えています。どうか、このクラウドファンディングにご協力いただき、目標額250万円を達成し、刊行ができますよう、ご協力・ご支援をお願いいたします。

賀川豊彦とは

賀川豊彦は、明治21年に神戸で生まれました。4歳の時に両親を亡くし、父の家がある鳴門市大麻町に引き取られました。孤独、家の破産、病苦など、多くの苦難を乗り越え、賀川は神戸神学校の学生だった21歳の時、神戸のスラムに入り、救済活動を行いました。その後、自伝的小説『死線を越えて』を執筆。400万部を超えるベストセラーとなります。そして労働運動、普通選挙運動、農民運動、生活協同組合運動に献身し、関東大震災ではいち早く被災地に入り、救援活動に尽力しました。戦後は世界連邦運動を提唱し、世界平和を訴えました。ガンジーやシュバイツァーと並んで世界の三大偉人と呼ばれ、現在も賀川の活動は、様々な組織で引き継がれています。

賀川が生きた時代、日本は、欧米諸国と肩を並べるべく近代化を急ぎ、近隣諸国と戦争し、その結果、国内の市民、労働者、小作人、失業者、病人、子どもといった人々は、見捨てられていました。賀川はその困窮した社会的弱者の方々に目を向け、当時最も必要で重要な課題に真剣に取り組み、多くの救済・組合・啓発活動を行いました。このような賀川たちの超人的社会運動の結果、私たちは今、生協、農協、医療生協、共済、健康保険、ハローワークなどを利用でき、生活は向上しました。

しかし、現代の日本でその賀川豊彦を知る人はほとんどいません。そのため、その偉大な賀川豊彦を後世に伝えるべく、幼少年期に過ごした鳴門の地に、賀川の精神“友愛、互助、平和"をかかげた「鳴門市賀川豊彦記念館」が2002年3月21日に開設されました。

鳴門市賀川豊彦記念館

鳴門市賀川豊彦記念館は、多くの人々の寄付金によって造られました。建物の形はドイツ兵捕虜によって建てられた船本牧舎をモデルにしています。船本牧舎は、賀川豊彦が2階で 農民福音学校や日曜学校を開いた建物です。

鳴門市営の当記念館ですが、市の財政状況は厳しいため、認定NPO法人賀川豊彦記念 ・鳴門友愛会が、継続的に館の健全な運営を援助し、ボランティア活動を推進してお ります。

賀川の没後60年余り、日本は感染症、大規模災害、貧富の格差、モラルの荒廃、環境問題などなど、たくさんの問題をかかえています。今こそ、賀川豊彦の生涯と業績と精神、その理論と実践に学ぶことは、きわめて意義深いものと思われます。是非のご来館、 お待ちいたしております。

鳴門市賀川豊彦記念館20周年記念事業

　鳴門市賀川豊彦記念館は、本年3月21日で満20周年になりました。これを記念して、次のような事業を進めています。

メインテーマ

「時代は、賀川豊彦のめざした“友愛・互助・平和”を求めている―コロナ禍後の新しい社会の創造―」

記念誌編纂

20年間の鳴門市賀川記念館の歩みを総括し、これからの当館の方向性が現れる記念誌にする。『阿波牧舎』記念特集号とする。記念式典出席者・友愛会会員等に配布する。

『死線を越えて』中巻・下巻の復刻改訂版刊行

中巻『太陽を射るもの』、下巻『壁の声きく時』を復刻改訂し、全３巻とおして『死線を越えて』が手近に販売、読めるようにする。

地図作成

　賀川豊彦が幼少年期を過ごした鳴門・徳島ゆかりの地を表した地図を作成する。

• 徳島市―鳴門（東馬詰）ルート
• 徳島市拡大図
• 東馬詰拡大図
• 賀川家屋敷図

「賀川豊彦学校」の開校

　後継者育成のために、県民・市民、ＪＡ、生協、労福協などから受講者を募り、2022年6月の開校を目指して計画を進めている。

賀川豊彦作品朗読CD作成

　『賀川豊彦全集』第24巻所収の「身辺雑記」を、理事・運営委員・職員・ボランティアが分担して朗読・録音・CD化し、賀川の日常生活を知るとともに、音声として残す。

以上の他、様々な事業を行なっております。

クラウドファンディングの目的

賀川豊彦は、「近代日本を代表する人物として、自信と誇りをもって世界に推挙しうる者を一人あげようということになれば、私は、少しもためらうことなく、賀川豊彦の名をあげるであろう。かつての日本に出たことはないし、今後も再生産不可能と思われる人物、それは賀川豊彦先生である。」と、辛口で知られた評論家大宅壮一によって絶賛された人物です。

ノーベル平和賞に4度、文学賞に2度もノミネートされた賀川の「友愛・互助・平和」の精神を、広く多くの方に知っていただきたいと考えています。

クラウドファンディングで集まったご支援は、『死線を越えて』三部作の中巻『太陽を射るもの』、下巻『壁の声きく時』の復刻改訂版刊行の資金に使わせていただきます。

どうぞ、皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

賀川豊彦『死線を越えて』三部作の概略

○『死線を越えて』３部作　1920（大正9）年改造社から出版された賀川の自伝的小説

上巻『死線を越えて』1920年
賀川は「新見栄一」という名前で登場し、父親が徳島市長という設定（実際は彼が４歳の時死別）など、前半は虚構がかなり含まれていますが、後半は賀川豊彦が取り組んだ神戸のスラムでの救済活動の実践記録となっています。

中巻『太陽を射るもの』1921年
上巻の続きで、スラムの生活の詳細な描写、様々な事件、結婚、アメリカ留学、アメリカでの生活、帰国後のスラムの状況などが描かれています。

下巻『壁の声きく時』1924年
ブラッシュ工場と無料診療所の開設、北九州に売春婦に売られた娘を救出に向かう話、米騒動、川崎・三菱造船所の大争議、農民組合の結成、長男の誕生などが描かれています。三部作の大団円というにとどまらず、賀川豊彦文学の中心となる最高傑作です。記録文学・社会文学・思想小説・恋愛小説などの複合的文学です。日本近代文学前半の最大のベストセラーとなった理由がよく分かります。

※　復刻改訂版の上巻（既刊）は、『賀川豊彦全集』所収の『死線を越えて』を底本としましたが、今回の中巻・下巻は、社会思想社教養文庫版『太陽を射るもの』『壁の声きく時』を底本としています。

挑戦者の自己紹介

田辺　健二

所属：認定NPO法人賀川豊彦記念・鳴門友愛会

〈略歴〉
昭和14年　大分県生まれ
昭和37年　広島大学教育学部高校教員養成課程国語科卒業
昭和37年　大分県立宇佐高等学校教諭
昭和42年　広島大学大学院文学研究科修士課程国語国文学専攻入学
昭和47年　同上博士課程単位取得退学
昭和47年　広島文教女子大学講師
昭和59年　鳴門教育大学学校教育学部助教授
平成 4 年　同大学教授
平成16年　モラエス会会長（平成23年3月まで）
平成17年　同大学名誉教授　鳴門市賀川豊彦記念館長
平成29年　鳴門市賀川豊彦記念館長退任・同名誉館長　

研究分野
日本近代・現代文学研究。特に有島武郎、賀川豊彦、井伏鱒二、大江健三郎などの文学と思想。