プロジェクト
自己紹介
私は昭和32年5月3日に阿南市吉井町で生まれた。
小学校に上がる前に肺病に罹り、1か月半ぐらい徳島大学病院に入院した。
入学式の写真は所謂ワイプ、右上に小さく載っているタイプだった。やはり身体が弱く、両親は常に心配していた。友達と山に登るときも無理したらあかん、ゆっくり行きヨ、と心配させていた。
長兄が中学の時は野球部に所属し2年生からレギュラーで四市大会優勝し三年生ではキャプテンでサードだった。当時のジャイアンツの長嶋選手のように、かっこよく、ただ憧れた。身体が強くないのに三年生から小年野球に入った。すると、みるみる、身体は元気になり、高校一年までの7年間ずっと続けた。
家系図との出会い~小説を書き始めるきっかけ~
私は小さいころ実家で家系図を父親から良く見せてもらっていました。最初には「高祖小久見中将兼光天竺摩賀多国より来訪する。」と書かれており、私は「なんじゃこりゃ」と当時流行っていたセリフがつい口から出てきてしまった。天竺と言えばインドではないか。「孫悟空」に出てくるので、小学6年生の私でも理解できた。と言う事は自分は「インド人」だ、と。複雑な気がした。その後調べていく内に古代インドにマガタ国は紀元前413年 - 紀元前395年に存在した。私のルーツ調べは衝撃から始まった。
まず「小久見」の名前の由来を調べる必要があり、奈佐 和彦氏が著した文章があったのでそのまま紹介しよう。
WRITTEN BY
奈佐 和彦
日本中世の説話集とされる「神道集」は全10巻、50章の構成で、全国の神社の縁起を集めている。第2巻には熊野神社が登場する。説話「熊野之御本地(ごすいでん)」に登場する小久見(おぐみ)中将兼光は農美(のうみ)大臣重高と並んで熊野権現の臣とされる。これを調べていて意外な展開があった。小松島市櫛淵町出身の歴史学者、喜田貞吉氏(1871–1939)の著作だ。
1 熊野三党
童子と山人
九月九日
那賀郡加茂村の阿瀬川貞雄という人来訪。系図を見てくれとのことであった。同家はかつて庄屋を勤めていた家で、藤原姓湯浅氏、もと紀伊から移住して、山分の郷士であったとある。その系図は中頃の作成と見えるが、冒頭湯浅家譜というのを引いてある所にちょっと面白いことがあった。
紀伊国阿瀬川城主湯浅氏の先祖は、小久見中将兼光より出たもので、昔熊野権現が天竺の摩掲国から来られた時に、その従の者に宇井童・鈴木童という二人があったが、兼光はその鈴木童の後だというのだ。七月発行、「憑物研究号」(八巻第一号)に護法童子のことを書いて、みずから鬼の子孫だという八瀬人を八瀬童子といい、酒吞童子、茨木童子などもやはり鬼だと言われているが、これはいずれも山人のことで、護法童子の類に見立てたのではなかろうかとの意味を述べておいたが、熊野の山人にも童の伝説があって、湯浅氏はその後だといっていたものらしい。【喜田貞吉著作集第13巻(p339)】
ここで、熊野の山人、宇井、鈴木という姓が出てきたので気になった。調べてみると、「熊野三党」が浮かび上がってきた。これは、熊野で勢力を誇った豪族で、榎本氏、宇井氏、藤白鈴木氏の三氏を指す。熊野速玉神社の神職を世襲したというから、「ごすいでん」に登場する小久見中将兼光とも違和感がない。三党の詳細は『熊野権現縁起』に書かれているがここは割愛する。
熊野速玉神社の第四殿は神倉宮であり、高倉下命(タカクラジノミコト)を祀る。この神が三党の祖であるらしい。神倉神社といえば、火祭りとゴトビキ岩で有名だが、どうもこの神倉山が元宮で、今の神殿を新宮と呼ぶ。御朱印には「熊野三山元宮」と記される。
2 藤白鈴木氏
さて、藤白鈴木氏は名草郡藤白浦(現海南市)を拠点にし、全国の鈴木姓の総本家とされた。その居宅である鈴木屋敷は鈴木姓の発祥の地とされる。代々神職を務めた藤白神社は、九十九王子のなかでも別格とされた五体王子のひとつである藤代王子の旧址である。
3 阿瀬川城
さて、喜田氏の著作に戻ると、鈴木童子は山人と書かれてある。その山は熊野の山と考えることもできるが、城主を務めた阿瀬川城も高野山に近く、それにふさわしい環境にあるといえる。
阿瀬川城は有田郡の旧清水町(現有田川町)の杉野原という集落にある。小字は上手番・神屋番・中村番・野中番があり、野中番の天子山に城があった。別称、天子山城。その謂れは南北朝抗争の正平三年(1348)後村上天皇が吉野賀名生(よしのあのう)から、阿瀬川入道(湯浅)定仏の城へ安在(あんざい)せられたことによる。天皇は同年9月末まで潜在せられたという。城跡には杉原神社がおかれ後村上天皇を祀る。近くに雨錫寺という寺があり、杉野原の歴史がホームページに書かれている。
しかしながら疑問がある。小久見という姓だ。徳島県にはあるが和歌山県にはない。にもかかわらず、熊野神社の由緒に登場する。ここだけなのだ。これは一体どうしたことだろう。小久見中将兼光とはいったい、どのような人物なのだろう。
ここで「小久見」の由来は和歌山にあり、湯浅一族で有ることが分かった。
守護の細川氏の要請で阿波にやってきて居を構えたのは1480年ごろであったとされている。それから約540年経て現在わかっていることは少ない。あるのは、家系図、足利義教、義尚の掛け軸、足利の宝刀「藤四郎吉光の短刀」、古文書数枚がある。
ここで、疑問が生じた。なぜ一介の武士団が「藤四郎吉光の短刀」を所持しているのか。古文書によると堀越公方足利政和より武功の褒賞としていたとある。それにしても、足利一族の宝刀を簡単にくれるものか。また、阿波にやって来た時に守護の細川成之より那賀12か村の管理を任された。疑問を解決するのには、もともと、室町時代は資料が乏しく調査は捗らなかった。
それでは、小さい頃から小説を書くのが好きだったので創造を駆使し、小説を書いてみようと考えるようになってきた。それが貴種流離譚である。
本のあらすじ
主人公の潤童子は堀越公方足利政和の三男として生まれた。長兄には後継者として茶々丸がおり、次兄の清晃は6歳の時、天竜寺 香嚴院の僧侶になった。
しかし、茶々丸は粗暴で又義母の満子と折り合いが悪く、常に敵対視していた。茶々丸は近所の悪ガキと村人の娘を犯したり、田畑を荒らしていた。
ある日、山羊の生き血を顔に塗り、名主さんの娘を犯し自殺に追いやった。そのことが要因で廃嫡にされ、土牢に入らされた。当時管領であった細川政元と財力、権力を持ち合わせていた日野富子との画策により、次兄の清晃を還俗させ征夷大将軍に就任さし、潤童子を堀越御所の後継者にと絵を描いた。だが、茶々丸は悪ガキを利用し、土牢から脱出し兼ねてから支援してくれていた、近くの豪族をたより、再度御所を襲い、義母の満子と潤童子を殺害して堀越御所の後継者と名乗りを挙げた。父の政和公はすでに数か月まえに病死していた。名実ともに第二代堀越公方である。しかし、激怒した政元は伊勢新九郎(北条早雲)遣わし、茶々丸を撃退したが、茶々丸は敗走し捕まえることはできなかった。潤童子は茶々丸が折り返し襲撃してきたとき、乳母のなつの機転により、自身の息子と入れ替えた。潤童子として、なつの息子が殺害された。
その後、支援者の阿州湯浅氏に助けられ、湯浅兼綱として生まれ変わった。阿州吉井村(徳島県阿南市芳吉井町)ですくすく成長した。それからは数奇な人生を歩むことになる。11代将軍足利義澄と婚姻が決まった守護細川成之の娘、清雲院の警護を仰せ遣わされた。義澄はなんと次兄の清晃であった。兼綱は幾多の権力争いに巻き込まれたが、清雲院を守り、細川家、湯浅家への忠臣を心に秘め、ぶれることなく貫き通した。その結果、最後は清雲院と息子の義冬と共に阿州平島に御所を建立した。兼綱は出生の秘密がありながら、忠臣と果たさなければならない役目を果たし、あの権力争いの絶えなかった戦国時代を生きながらえた。リテラシーを必要とする情報社会の現代と照らし合わせて読んでもらいたい。
目標金額
目標金額は35万円です。
本500冊の発行で55万円かかるのですが、そのうちの35万円を皆さんのお力をお借りしたいと思っております。
リターンのご説明
・リターンの発送は3月ごろを予定しております。
・出版記念パーティーは3月を予定しております。詳細は追ってご案内いたします。
・10,000円コース以外に支援してくださった方もパーティーにご参加していただく事は可能ですので、当日にその場で5,000円お支払いしていただく形をとらせていただきます。
最後に一言
初めて書いた小説ですが、4万5千字を超えて書き上げました。未熟な点もあると思いますが大変面白いストーリー仕立てとなっております。
今できることは精一杯やりました。私は面白い小説を書いて行きたいと考えています。面白くなければ読みたくないし、変に深堀した文学を書いても伝わらなかったらダメだと考えています。勿論、知識を得る楽しさもあるし、感動することも含めて面白いと言う事です。宜しくお願いします。
挑戦者の自己紹介
小久見正人
所属:とくしまSDGsみらい会議
役職:理事
初めまして小久見 匡仁(おぐみ まさんど)申します。
私は阿南市の出身でスーパーマーケットに30年以上勤めていまして、そのうち13年ほどインショップ型の産直市をしています。
関連してエシカルの推進、とくしまSDGsみらい会議の理事を歴任し、またとくしま生物多様性活動認証制度を導入しました。
コメント20
小久見正人
応援ありがとうございます。感謝しています。確か同じ富岡西高等学校卒業ですね。とくしまSDGsみらい会議も宜しくお願いします。
小久見正人
無事達成することができました。ありがとうございました。これからも宜しくお願いします。
かどいづみさん
玉稿を拝読できる日を楽しみに、心から応援を申し上げます。
小久見正人
ご支援ありがとうございます!成功しますよう頑張ります!
小久見正人
無事達成することができました。沢山支援して頂きありがとうございました。本の製作にはもう入っています。これからも宜しくお願いします。
清瀬ですさん
応援しています。
小久見正人
支援ありがとうございます。成功するよう頑張ります。
小久見正人
無事達成することができました。ありがとうございました。これからも宜しくお願いします。
内藤節雄さん
応援しております
小久見正人
支援ありがとうございます。成功するよう頑張ります。
小久見正人
無事達成することができました。ありがとうございました。これからも宜しくお願いします。
莞爾さん
頑張ってください。
小久見正人
ありがとうございます。成功するよう頑張ります。
小久見正人
無事達成することができました。ありがとうございました。これからも宜しくお願いします。
稚日女さん
ご成功をお祈りします。
小久見正人
笹田先生、阿部さんありがとうございます。確認しています。成功するよう頑張ります。
小久見正人
無事達成することができました。ありがとうございました。
ますみさん
実現楽しみにしています。
小久見正人
ありがとうございます。もう少しなのでスパートかけて頑張ります。
小久見正人
無事達成することができました。ありがとうございました。
Kenichi Tomariさん
もう一息です。
小久見正人
無事達成することができました。ありがとうございました。
小久見 早苗さん
志度では大変お世話になりました!
心ばかりですが、応援させていただきます。
清瀬さんとご縁があったんですね。私幼馴染なんです。
引き続き宜しくお願いします。
小久見正人
支援ありがとう。清瀬さんとは御縁があり、高校まで一緒だと聞いています。懐かしいです。又お会いできる日を楽しみにしています。
鎌田 磨人さん
がんばってください。
小久見正人
ありがとうございます。返信が遅れて申し訳ありません。残り少なくなりましたが頑張ります!
藤本晴子さん
楽しみにしてます!
小久見正人
ありがとうございます。みんなに助けられて頑張っています。
かめちゃんさん
応援しております!
小久見正人
支援ありがとうございます。成功するよう頑張ります。
稚日女さん
成功をお祈りします。
小久見正人
支援ありがとうございます。成功するよう頑張ります!
Ritsuko Aiharaさん
応援しています!頑張ってください。本を読むのが楽しみです。
小久見正人
支援ありがとうございます。楽しみにしていてください。成功するよう頑張ります。
川原佳子さん
出版を楽しみにしています。
小久見正人
支援ありがとうございます!成功しますよう頑張ります!
小久見公由さん
頑張って下さい。
小久見正人
有難うございます。恥ずかしがらず精一杯頑張ります。
泊 健一さん
今日からですね。応援してます。
小久見正人
ありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
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このプロジェクトは、"2021年1月28日 23時59分"までに目標金額 350,000円を達成した場合のみ、決済が確定します。
1,000円コース
お礼の手紙
2,000円コース
・お礼の手紙+本1冊プレゼント
5,000円コース
お礼の手紙+本1冊+本に支援者名記載入り
10,000円コース
お礼の手紙+本1冊+本に支援者名記載+出版記念パーティーの招待券送付
カズミンさん
米澤です。
少しですが、応援してます❗